地球外物質研究グループ|宇宙科学研究所

キュレーション

はやぶさ2|小惑星リュウグウ

Habusa2 and Ryugu

小惑星リュウグウから探査機「はやぶさ2」が持ち帰った物質は、地球外試料キュレーションセンターで受け入れています。サンプルコンテナからの試料回収結果として、「はやぶさ2」ミッションの最小要件である0.1 gを大きく超えて、約5 gの物質が含まれていることを確認しました[1]。地球外試料キュレーションセンターでは、これらの物質をリュウグウ試料として初期記載(サイズ、形状、重量、光学画像、NIR分光データなど)して試料カタログとして公開、公募研究に試料を提供しています。リュウグウ試料は、太陽系の起源と進化、小惑星の形成、リターンサンプルに関する新たな知見を提供するものとして期待されています。ここではリュウグウ試料の取扱い方法や成果を説明します。

「はやぶさ2」帰還試料の受入れ準備

地球外物質研究グループは、2015年からリュウグウ帰還の受入れ設備の検討を本格的に開始しました。大学や研究所の研究者と1年をかけて議論し、主要な準備としてクリーンルームとクリーンチャンバの要求仕様を定めました。クリーンルームは2017年4月から11月にかけて建設され、クリーンチャンバは2017年3月から2018年3月にかけて製造されました[2-4]。

クリーンルーム

  • 清浄度クラスは1000(米国連邦規格)、ISO 14644-1規格ではClass 6相当。
  • ULPAフィルタを利用。隣接する非クリーンルームとは差圧をつける(陽圧管理)。室外からの大気中微粒子の混入を防ぐため。
  • 室温22 ± 2 ℃、湿度50 ± 10% RH。高湿度維持は静電気の発生を抑えるため。
  • グレーチング床。高純度窒素ガス供給、圧縮空気供給、冷却水、排気などの配管はグレーチング床下に整備。
  • クリーンルーム環境を低下させる機器(真空ポンプなど)は、隔離のためにクリーンルーム外に配置。

クリーンチャンバ

  • 5室の連結構成(第3-1室、第3-2室、第3-3室、第4-1室、第4-2室)とする。
  • 第3-1室では真空雰囲気でサンプルコンテナを開封、第3-2室では真空状態でサンプルキャッチャから試料を回収し長期保管、第3-3室では真空雰囲気から窒素雰囲気への切替、第4-1室と第4-2室では大気圧窒素雰囲気下でグローブ操作により詳細な試料操作。
  • CC4-2は光学顕微鏡と天秤を常設。CC3-3にはMicrOmega赤外分光顕微鏡分析チャンバ、CC4-2にはFTIR分光計分析チャンバが接続。
  • 各室間にゲートバルブを備える。これにより雰囲気遮断、各部屋での独立雰囲気維持が可能。
  • チャンバ内面は複合電解研磨とする。雰囲気の清浄度を保ち、試料汚染を極力避けるため。
  • チャンバ主材はステンレス。グローブはバイトンコートブチルを基本とする。
  • チャンバ内素材についても、サンプル採取装置に用いられている素材以外は極力避ける。
「はやぶさ2」用クリーンチャンバ

再突入カプセル受入れとサンプルキャッチャの回収

探査機「はやぶさ2」は、2019年2月22日に第1回目のタッチダウン(TD1)により小惑星リュウグウ表面の物質を採取、インパクタ射出による人工クレーター形成を経て、2019年7月11日に第2回目のタッチダウン(TD2)により地下物質を採取しています。「はやぶさ2」はリュウグウを離脱した後、2020年12月6日に南オーストラリアのウーメラ砂漠に、試料を格納した再突入カプセルを届けました。再突入カプセルは着陸から5時間後に回収され、現地のクイックルック施設にて、サンプルコンテナの取り出しや表面清掃、安全チェックが行われています。サンプルコンテナは真空密閉された容器であり、内部のサンプルキャッチャと試料を地球大気による汚染から守っています[5]。12月7日、サンプルコンテナ底部にピンホールを開け、コンテナ内の雰囲気(保持されていた揮発性成分)を分析しました [6-7]。これにより、サンプルコンテナが真空状態にあり、再突入中も密閉が保たれ、地球由来の汚染が防がれていることが確認されました。その後、サンプルコンテナはJAXAの相模原キャンパスにある地球外試料キュレーションセンターに空輸され、再突入カプセルの着陸から約57時間後に到着しました[1-3]。
地球外試料キュレーションセンターのクリーンルームでは、サンプルコンテナの外蓋を覆うアブレータを除去した後、サンプルコンテナを蓋開封機構にセットしました。サンプルコンテナは、ばねの圧力で内蓋とコンテナが押し付けられています。内蓋とコンテナの間に新規開発の金属シーリングを持ち真空密閉をしています[5]。蓋開封機構は、コンテナ内の密閉を保持するように内蓋を押さえ、ばねと外蓋を取り外すための装置で、最終的にはクリーンチャンバ第3-1室と連結できる仕組みです。サンプルコンテナ表面は徹底的に清掃されました。外蓋を外した際に、内蓋とコンテナ本体の隙間に2 mm程度のリュウグウ試料と思われる粒子が見つかりました(後に詳細分析をしています)[8]。再度、サンプルコンテナの表面を徹底的に清掃し、12月11日にサンプルコンテナをクリーンチャンバ第3-1室に導入しました。オーストラリアからキュレーションセンターに至るまでの一連の作業で、もしコンテナの蓋がわずかにでも開いてしまった場合、地球の大気が侵入し、試料が汚染される可能性があるため、迅速かつ慎重な作業が行われました。サンプルコンテナが導入された後、第3-1室の開放部は閉じられ、室内は高真空(<10-5 Pa)まで排気されました。真空状態が確認された後、2020年12月14日にサンプルコンテナの内蓋を開封しました[1-3]。

サンプルキャッチャからの試料回収

第3-1室でのサンプルコンテナ内蓋開封後、サンプルキャッチャがコンテナから取り出されました。取り出し後、コンテナ底部にはリュウグウ試料と思われる細かい黒い粉が確認されました。この粉体は第3-1室の真空下で継続して保管されています。サンプルキャッチャは、コンテナから取り出された後、トランスファーロッドを用いて第3-1室から第3-2室に移送されました。第3-2室では、サンプルキャッチャのA室のカバーを取り外しました。A室内には多数の黒色の粒子が観察されました。サンプルキャッチャはA室からC室までの3つの部屋を持ち、それぞれ独立して試料が保管できる構造で、A室が最も広い部屋です[5]。A室内で観察された粒子のうち、ミリメートルサイズのいくつかは、鉗子(マジックハンド)を用いて、石英ガラスの試料皿に取り分けられました。これらの粒子は、将来の研究に役立てるため、第3-2室の真空下で長期保管されています。2020年12月16日、サンプルキャッチャはトランスファーロッドを用いて第3-3室に移送されました。

第3-3室では、サンプルキャッチャの受け取り後、真空排気を停止して、高純度窒素ガスで室内を満たして大気圧に調整しました。なお、サンプルキャッチャが去った後の第3-1室と第3-2室は、それぞれゲートバルブにより雰囲気を遮断し、独立した真空排気システムで真空状態を継続しています。第3-3室では、大気圧になったことでグローブ操作が可能となり、サンプルコンテナの内蓋からサンプルキャッチャを取り外しました。続いて、第4-2室に設置された計量装置で重量を測定し、サンプルキャッチャ部品の重量を差し引いた結果、試料の合計重量は5.424±0.217 gと求められました。この重量は「はやぶさ2」プロジェクトの最小要件である0.1 gを大幅に超えています。なお、先の「はやぶさ」プロジェクトでは微粒子(約50 μm)が主でしたが、今回のプロジェクトでは数mm程度の大きな粒子が得られています。

初期記載

クリーンチャンバ第4-1室と第4-2室での大気圧窒素雰囲気下でのグローブ操作により、サンプルキャッチャの分解や容器(サファイアガラスの試料皿)への試料回収が進められました。最初に、A室からは3皿、B室からは1皿、C室からは3皿の粉体(集合体)試料と、15個の大きい粒子を回収しました。これらの試料には名称が与えられ、光学顕微鏡[9-10]、秤量[9]、赤外顕微鏡+フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)[11]、マイクロオメガ赤外分光顕微鏡(MicrOmega)[12-14]、および多色可視スペクトロメーター[15]で分析されました[2]。光学顕微鏡では見た目の姿形や色合いと大きさ、天秤では重さ、FTIRとMicrOmegaでは赤外線照射に対する反射スペクトルにより水酸基や炭酸塩鉱物の有無、有機物の存在などの情報が得られます。これらの分析は全て、クリーンチャンバ内の窒素雰囲気環境下で試料を大気にさらさずに非破壊で実施できるものです。

地球外試料キュレーションセンターでは、サンプルキャッチャから回収したリュウグウ試料を、数mgの粉体(集合体)や単体の粒子単位で試料として扱い、それぞれを試料皿に収めて試料名称を付与して、一連の非破壊分析をしています。この一連の試料取り扱いを初期記載と呼んでいます。初期記載は、試料の整理、基本特性の把握のために必要です。結果はリュウグウ試料カタログとしてインターネットで公開されており、一般社会への知見の還元や、研究機関や研究者への試料配分のための情報として利用されています[16]。

初期記載から得られた知見

  • リュウグウ試料のバルク密度の平均値(1.282±231 g/cm3)を求めました。光学観察による暗い試料表面の特徴や、近赤外反射に見られた2.7および3.4 μmの吸収プロファイルは小惑星リュウグウ全体平均と一致することから、試料がリュウグウの代表的なものであることを確認しました。また、サブミリメートルのCAIsとコンドルールが見られず、これらの特徴からリュウグウがCIコンドライトに最も類似しており、反射率が低く、空隙率が高く、もろい特性を持っていること示されました。(Yada T. et al., 2022)[2]
  • MicrOmegaにより近赤外領域(0.99-3.65 μm)の鉱物学的および分子的特性を数十マイクロメートルのスケールで観察しました。結果、2.7 μm(OH基の存在を示す)の比較的大きな吸収、および3.4 μm(C-H基、すなわち有機物の存在を示す)で吸収が見られました。カルシウムおよび鉄の炭酸塩鉱物とNH-richの化合物などの特徴も検出されました。(Pilorget C. et al., 2022)[12]
  • 試料の回収量や光学顕微鏡による形状観察の結果は、探査機「はやぶさ2」によるサンプリング状況、MASCOTランダーやMINERVA-IIローバー、搭載カメラによる観測、地球からの偏光観測からの予想と整合的であることから、サンプルキャッチャA室とC室に回収されていた試料が、それぞれTD1(表面層)およびTD2(地下層)にて獲得されたサンプルであることが示唆されました。(Tachibana S., et al., 2022)[1]
  • 多色分光分析システムによって、リモートセンシング(ONC-T)と帰還試料を直接比較することが可能になりました。A室とC室のリュウグウ試料の多色分光分析から、測定されたリュウグウ試料の平均スペクトルは平坦で、ONC-Tで観測された小惑星リュウグウのグローバル平均スペクトルと一致していました。帰還試料の550 nmバンド(vバンド)反射率は平均で2.4%で、ONC-Tで観測された小惑星リュウグウのグローバル平均スペクトルよりも高い値でした。(Cho Y. et al., 2022)[15]
  • 試料表面の観察に基づき、205個の試料粒子を4形態に分類(暗い、光沢のある、明るい、白い)。約95%は暗いグループに属し、MASCOT/CAMによる観測結果とおおむね一致していました。TD1とTD2間での明暗グループの比率は約1.7倍の差があり、サンプリングサイトにおけるスペースウェザリングの差が反映されている可能性があります(Nakato A., et al., 2023)[10]
  • 粉体と個別粒子について、フーリエ変換赤外分光法(FTIR)により得られる反射スペクトルを主成分分析(PCA)を使用して解析しました。結果、リュウグウ試料は均一性が高いことがわかりました。平均スペクトルは、2.7、3.05、3.4、および3.95 μmの4つの吸収帯で表され、水酸基、有機物、および炭酸塩の存在の可能性が示唆されます。特異スペクトルを持つタイプもあり、大きく反射が高いもの、炭酸塩、幅広いOH吸収を持つ水酸化物の3つのグループに分類されます。(Hatakeda K., et al., 2023)[11]
  • リュウグウ粒子637個(全回収試料の38重量%)の初期記載により、帰還粒子の平均バルク密度は1.79±0.31 g/cm3と求められました。A室 392個とC室 245個の平均バルク密度はわずかに異なり、それぞれ1.81±0.30および1.76±0.33 g/cm3となっています。粒子の平均バルク密度1.79 g/cm3を用い、グレイン密度を仮定すると(2.59 g/cm3 (Nakamura E., et al., 2022) もしくはOrgeuil隕石の2.42-2.50 g/cm3)、Ryugu粒子の空隙率は26-31%と推定されます。(Miyazaki A., et al., 2023)[9]

リュウグウ試料を用いた研究

初期分析とPhase2キュレーション

初期記載後の試料の一部は「はやぶさ2」プロジェクトの初期分析チームが詳細分析をしています。また、地球外物質研究グループは、連携協定を結ぶ研究機関と協力体制を構築しており、Phase2キュレーションと呼ぶ枠組みにおいて、リュウグウ帰還試料全体の特徴を網羅するような高次分析(詳細記載)を実施しています。初期分析やPhase2研究では、様々な観点から高次の分析が実施され、小惑星リュウグウの形成過程や、小惑星に含まれる水の起源、太陽系の歴史に関する知見などが得られています。

リュウグウ試料情報公開と国際公募研究

初期記載情報はデータベースで管理され、試料カタログとしてインターネット上に公開しています。2022年から、年2回のペースで国際公募研究(AO)を開始しており、広く一般の研究者から研究提案(プロポーザル)を受け付けています。AOに供される試料量は、はやぶさ2の試料配分委員会(HSAC)との協議により総量の15%としています。第1回AOでは、57件提出された提案のうち、40件の提案が採択され、それらの提案を提出した研究者グループに対して74個の粒子(合計229.5 mg)が配分されました。第2回AOでは、47件提出された提案のうち、38件の提案が採択され、53個の粒子と10個の集合体サンプル(合計217.0 mg)が配分されました。第3回AOでは、23件提出された提案のうち、17件の提案が採択され、13個の粒子と10個の集合体サンプル(合計117.7 mg)が配分されています。

リュウグウ試料キュレーションに関する技術やツール

器具洗浄と環境評価

リュウグウ試料を非汚染で取扱うために、探査機での試料採取事前から試料配布までの各ステップで汚染の評価がされています[17-18]。地球外試料キュレーションセンターでは、器具洗浄や環境評価にも最大限の注意を払っています。器具洗浄は、有機溶剤と超純水を用いて、複数の周波数帯による超音波洗浄を実施して微小粒子や有機物質を除去しています。さらに、試料に直接触れるステンレス製品やガラス製品については、アルカリ溶液による加熱洗浄も実施しています。また必要に応じて、高温加熱炉によるベーキングやプラズマ洗浄、オゾン洗浄などを組み合わせています。クリーンルームや、器具を保管しているデシケータの環境評価も定期的に実施しており、リターンサンプルの清浄度を担保しています[19-20]。

真空ピンセット、ループ針、スパチュラ

地球外物質研究グループでは、リュウグウ試料を取り扱うために、真空ピンセットやループ針を設計・製作しました。これらは数100マイクロメートルから数ミリメートルサイズの試料の取り扱いに適したものです。真空ピンセットは、吸引力により直管先端に試料を付着させて操作する、最も頻繁に使用しているツールです。既製品を元にしていますが、クリーンチャンバ内で試料汚染を最低限に抑えるために素材やデザインをカスタマイズしています。操作性を考慮してフットペダルによる真空弁の開閉機構も備えています。ループ針はオリジナルのツールで、ステンレス製針の先端をループ状に加工したものです。一般的なツールとしては直線針が知られていますが、針の先端形状を変形することにより試料の付着効率を高めています。1ミリメートル未満の試料は、一粒ごとの粒子ではなく粉体として扱うことが多いです。試料容器から粉体をすくうために、スパチュラを利用しています。このスパチュラは、模擬試料を利用して何度も試験することで、粉体試料を効率よく回収できるようにデザインされました。これらの試料に直接触れるツールは、試料への着磁の影響を考慮して消磁や磁化率測定も実施しています。

試料保管用シャーレ

主として用いられている試料容器は、JASRI/Spring-8と共同開発されたものです。容器はシャーレ形状でガラス製です。ガラス素材は分光測定への影響を避けるためにサファイアガラスとしています。保管する試料のサイズや量に応じていくつかのサイズを準備しています。また試料皿にはふたが装着できる設計です。この構造により試料がこぼれることや意図せぬ試料の混在を防止することができます。試料シャーレをまとめて扱えるようなホルダ(通称、ドル箱)なども専用品として開発したものです。

試料輸送容器

試料をクリーンチャンバから搬出する際は、雰囲気が密閉できる容器に封入します。Phase2キュレーション・高知チームでは、これらの容器を専用に開発し、FFTC(Facility to Facility Transfer Container、施設間輸送コンテナの略)と名付けています[21]。主な特徴として、容器上面は石英ガラスの窓となっており、容器を開けることなく試料観察が可能になっています。容器を密閉したまま試料観察できるため、容器の開封にかかる手間が省けるほか、大気中の浮遊塵による試料汚染や、試料を紛失する懸念を払しょくできます。このように、試料輸送だけでなく、その後の作業を総合的に考慮した工夫した容器となっています。FFTCはこれまでに、リュウグウ試料の初期分析チーム、Phase2キュレーションチーム、NASA、AO研究者への試料配布、博物館などでの試料展示用に利用されるなど国内のみならず世界各地への輸送に利用されています。

参考文献

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  • はやぶさ2|小惑星リュウグウ