地球外物質研究グループ|宇宙科学研究所

キュレーション

OSIRIS-REx|小惑星Bennu

OSIRIS-REx Curation

NASA主導の小惑星サンプルリターンミッション「OSIRIS-REx」は、2020年10月に小惑星Bennu(ベンヌ、ベヌー)のサイト「Nightingale(ナイチンゲール)」から試料採取を実施し、2023年9月24日に約121.6 gの試料を地球へ帰還させました。JAXAはNASAとの覚書(MOU)に基づき、回収試料総量の0.5 wt%(約0.663 g)に相当するバルク試料と、TAGSAMコンタクトパッド(表面粒子を採取する装置)の配分を受けています。

2024年8月22日、JAXA宇宙科学研究所(ISAS)の地球外物質試料キュレーションセンター(ESCuC)はこれらの試料を受領しました。現在は初期記載を実施するとともに、試料カタログの整備、リュウグウ試料との比較研究、国際公募研究(AO)による試料配分を進めています。

Bennu試料とリュウグウ試料は、いずれも炭素質小惑星に由来する貴重な帰還試料です。JAXAでは両試料を同等の施設・手法で評価することにより、分析条件の違いによる影響を最小限に抑えながら比較研究を進めています。こうした直接比較は世界的にも例が少なく、小惑星の形成・進化過程や水・有機物の起源を理解する上で重要な役割を果たします。

本キュレーションは、火星衛星探査計画(MMX)におけるフォボス試料受入れに向けた重要な技術実証としても位置付けられています。

2024年8月22日にJAXAがNASAから試料を受領した様子
試料を初めてJAXAで確認したときの様子

Bennu試料受入れ設備

Bennu試料の受入れにあたり、JAXAでは「はやぶさ2」キュレーションの経験を統合し、進化したクリーンルームおよびクリーンチャンバを整備しました。

クリーンルーム

新設された専用クリーンルームはISO Class 6の清浄度を維持しています。「はやぶさ」および「はやぶさ2」で培われた施設設計を継承しつつ、運用性を最大限に高めるよう最適化されています。

クリーンルームレイアウト
新設したクリーンルーム(整備前)
新設したクリーンルーム(整備後;現在の様子)

クリーンチャンバ

Bennu試料はNASAによって窒素雰囲気下で管理された状態で配分されたため、リュウグウ試料で必要だった真空コンテナ開封設備は不要となりました。一方で、分析・操作性を向上させた窒素雰囲気クリーンチャンバ「CC5-1(処理・保管用)」および「CC5-2(分析用)」を新たに整備し、これらに赤外分光装置(MicrOmega、顕微FTIR)を直接接続した構成となっています。

また、CCへの導入前の処理や、CCに適合しないツールの使用が可能な窒素雰囲気グローブボックス(GB8、GB9)も併設されました。クリーンチャンバとグローブボックスを適切に使い分けることで、高い清浄度と柔軟な試料操作を両立しています。

CC5クリーンチャンバ
GB8
GB9

リュウグウからBennuへ

「はやぶさ2」で培った技術は、Bennu試料キュレーションにおいてさらなる高度化を遂げています。

光学顕微鏡にはデジタル顕微鏡(Keyence VHX-8000)を導入し、自動ステージによる広域モザイク画像の自動結合、深度合成、3D形状測定機能を活用することで、粒子の詳細な記録と形状解析の効率化を実現しました。

デジタル顕微鏡で取得した試料の3D画像

顕微FTIR装置(JASCO IRT-5200)は測定波長帯域が2.0〜13.0 μmと広く、はやぶさ2で導入した装置と比較してより長波長側まで測定が可能となり、空間分解能も向上しています。さらに窒素パージボックスで装置全体を覆うことにより、大気由来のH₂OやCO₂の影響を大幅に低減しています。

顕微FTIR装置と専用拡張チャンバ、それらを覆う窒素パージボックス

近赤外ハイパースペクトル顕微鏡MicrOmegaには、新たに試料台の傾斜(±15度)機能が追加され、粒子の端部や複雑な形状に対しても最適な条件で分光データ取得が可能になりました。また、分析チャンバには複数のビューポートが設けられ、試料観察および操作の自由度が向上しています。さらに、光学顕微鏡(Leica Emspira 3)を同一システム内に統合することで、分光データと形態情報の効率的な連携を実現しています。

MicrOmega用分析システム:専用拡張チャンバにMicrOmega装置と光学顕微鏡が搭載されている

これらの改良は、リュウグウ試料キュレーションで得られた運用経験や課題を反映したものであり、分析性能だけでなく作業効率や試料安全性の向上にも寄与しています。Bennu試料キュレーションは、リュウグウ試料とフォボス試料をつなぐ技術実証の場としても位置付けられています。

初期記載

Bennu試料は、すべて窒素雰囲気下(水蒸気濃度ppbレベル)で非破壊分析が行われています。分析項目は重量測定、光学顕微鏡観察、可視分光分析(MICOSHI)、赤外分光分析(顕微FTIR、MicrOmega)であり、リュウグウ試料と同等の手法を継承しつつ、より高性能な分析環境を実現しています。

初期記載の結果、Bennu試料からは2.7 μm帯(含水鉱物:Mgに富む層状珪酸塩)、3.4 μm帯(脂肪族有機物および炭酸塩)、3.95 μm帯(炭酸塩)に由来する特徴的な吸収帯が確認されました。これらのスペクトル的特徴はNASAによる地上分析やBennuの探査機観測データと整合しており、地球帰還から輸送、受入れに至る過程で試料が変質していないことが科学的に証明されました。

また、リュウグウ試料と同一の装置・手法で比較することで、両天体の共通点と相違点を高い精度で評価できる環境が整っています。

初期記載:NASAより配分された試料の光学顕微鏡像[1]

試料情報公開と国際公募研究

初期記載で得られた情報はデータベース化され、試料カタログとして公開されます。

JAXAではBennu試料についても国際公募研究(Announcement of Opportunity:AO)を実施しており、国内外の研究者による研究が進められています。リュウグウ試料で構築された試料情報公開システムや研究公募制度はBennu試料にも継承されており、国際的な比較研究の促進に貢献しています。

公募対象には、バルク試料を分取した集合体試料、個別粒子、およびコンタクトパッドから抽出された粒子が含まれています。

データベース

キュレーション技術とツール

ハンドリングツール

試料の汚染を最小限に抑えるため、「はやぶさ2」で開発された真空ピンセット、スパチュラ、試料シャーレ、施設間輸送コンテナ(FFTC)などの技術基盤を継承するとともに、新たなツールの導入を進めています。

真空ピンセット

その代表例がマイクロツイーザーです。従来の真空ピンセットでは最小でおよそ500 μmの粒径をもつ粒子までしか扱えませんでしたが、マイクロツイーザーではより細粒も含めた100 μm〜1 mm程度の微小粒子を直接把持して精密操作することができるようになりました。これは、コンタクトパッドの金属ループに挟まった粒子の回収や、特定の分析対象粒子の選別において極めて重要な役割を果たしています。

マイクロツイーザーシステム

環境評価/汚染コントロール

帰還試料の科学的価値を守るため、徹底した環境評価体制を構築しています

API-MS(大気圧イオン化質量分析計)によって窒素雰囲気内の不純物(水蒸気、酸素、二酸化炭素、メタン)をppbレベルでリアルタイム監視しています。さらに、GC×GC-TOFMS(二次元ガスクロマトグラフ質量分析計)を用いた有機汚染評価、およびICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析計)を用いた無機元素汚染評価を実施しています。

これらのデータはMMXなどの次世代サンプルリターンミッションにおける汚染管理基準の策定でも参考にされます。

環境評価設備(ICP-MS等)

BennuからMMXへ

JAXAの地球外物質試料キュレーションは、イトカワ試料から始まり、リュウグウ試料、Bennu試料へと発展してきました。Bennu試料キュレーションで得られる環境評価技術、非破壊分析技術、微小粒子ハンドリング技術、および試料情報管理技術は、将来のフォボス試料受入れへ継承されます。

Bennu試料は、リュウグウ試料とフォボス試料をつなぐ重要な橋渡しとして位置付けられており、次世代サンプルリターンミッションに向けた技術実証と科学研究の両面で重要な役割を担っています。

MMX

参考文献

[1] Fukai R., Nishimura M., Yumoto K., Cho Y., Shimizu Y., Matsuoka M., Tatsumi E., Furukawa S., Yada T., Hatakeda K., Yogata K., Enokido Y., Tahara R., Miyazaki A., Kawasaki S., Sugita S., Mori S., Nakahara S., Aikyo Y., Pilorget C., Loizeau D., Nardelli L., Riu L., Sheppard R., Lantz C., Brunetto R., Jiang T., Mahlke M., Abe M., Usui T. (2025), “Nondestructive analysis of Bennu samples toward comparative studies with Ryugu samples”, Meteoritics & Planetary Science, Volume 61, Issue 1, p. 3-16.https://doi.org/10.1111/maps.70077

[2] Tahara R., Hatakeda K., Nishimura M., Yogata K., Fukai R., Miyazaki A., Yada T., Enokido Y., Abe M., Kawasaki S., Sakurai R., Okada T., Pilorget C., Bibring J. -P., Hamm V., Lourit L., Loizeau D., Riu L., Yumoto K., Cho Y., Sugita S., Nakahara S., Mori S., Aikyo Y., Kameda S., Stabbins R., Shimizu Y., Miyamoto H., Hitomi Y., Nakano A., Nagashima K., Sugahara H., Suzuki S., Kimura S., Usui T. (2025), “JAXA curation for Bennu samples returned by the NASA's OSIRIS-REx mission”, Meteoritics & Planetary Science, Volume 61, Issue 1, p. 182-207.http://doi.org/10.1111/maps.70066

  • TOP
  • OSIRIS-REx|小惑星Bennu