地球外物質研究グループ|宇宙科学研究所

研究活動

はやぶさ2

リュウグウ

Hayabusa2 and Ryugu

「はやぶさ2」ミッションの目的(科学的意義)

地球の海の源の水、生命の源の有機物がどのようにしてもたらされたのか、また地球を形作る岩石は水や有機物をどのように取り込み、相互的にどのような進化の歴史をたどってきたのかを解く鍵がC型小惑星にあると考えています。
C型小惑星の地形や物質および内部構造に関する情報を取得し、さらに複数の地点からのサンプル(小惑星のかけら)を地球に持ち帰ることで、地上の最新の分析機器を使って、C型小惑星の形成の歴史や、その天体に存在すると考えらえている水や有機物の特徴を調べ、地球の水や有機物との関係を調べます。
リターンサンプルの分析研究によって、太陽系のどこで水や有機物が形づくられ、小惑星上でどの程度物質進化したのか、そのような水や有機物は地球に運ばれ、地球の水や有機物のもととなり得たのかどうかを明らかにします。

小惑星リュウグウ

リュウグウは1999年にリンカーン研究所によって発見された小惑星です。地上の望遠鏡の観測でC型小惑星であることがわかっていました。小惑星の中でも地球に近づく軌道を持つ近地球型小惑星に分類され、探査機が少ないエネルギー(燃料)で到達できる小惑星の一つとされていました。
JAXAは、「はやぶさ」に続く次のサンプルリターンミッションのターゲットをS型小惑星(「はやぶさ」が探査した小惑星イトカワはこのタイプ)と異なるタイプのC型小惑星とし、「はやぶさ2」の探査対象として、小惑星1999JU3(当時の名前)が選ばれました。
リュウグウは「はやぶさ2」が近傍探査するまでは、その軌道とおおよその大きさ(約1km)と自転周期(約7.6時間)ぐらいしかわかっていませんでした。

「はやぶさ2」搭載科学観測機器


  • ONC (Optical Navigation Camera)

    3つのカメラ(望遠+広角2つ)で、科学観測と探査機の航法(ナビゲーション)を行います。

  • NIRS3 (Near InfraRed Spectrometer)

    この機器は、小惑星からの赤外線の反射を観測し、含水鉱物の分布を調べます。NIRS3の「3」は赤外線の3ミクロンという波長から名づけました。

  • TIR (Thermal Infrared Imager)

    小惑星サーモグラフを行う装置で、波長8~12μmの熱赤外放射を2次元撮像します。小惑星の表面温度は、太陽に照らされる昼間は上昇・夜間は低下するという日変化(にちへんか:1日の間における変化)をします。砂のように細粒の土質・すきまが多い岩石では表面温度の日変化は大きくなり、中身の詰まった岩石は日変化が小さくなります。小惑星からの熱放射を撮像することにより、小惑星表面の物理状態を調べます。

  • LIDAR (LIght Detection And Ranging)

    探査機と小惑星表面との間の距離を計測します。小惑星の地形や重力、表面の反射率(アルベド)など科学データも取得します。計測範囲は数10m~数10kmです。

  • SMP (Sampler)

    小惑星表面からサンプルを採取します。基本設計は「はやぶさ」と同じで、筒状のホーン部先端が小惑星表面に触った瞬間にホーン内部で小さな弾丸を撃ち出し、表面から射出したサンプルがホーン上部に昇っていき格納庫(キャッチャ)に入る仕組みです。

「はやぶさ2」活動略歴

2014年12月3日 H-IIAロケット26号機にて打上げ
2015年12月3日 地球スイングバイを行って加速
2018年6月27日 リュウグウに到着(高度20km)
2018年9月21日 MINERVA-Ⅱ1分離運用
2018年10月3日 MASCOT分離運用
2019年2月22日 小惑星リュウグウへのタッチダウン
2019年4月5日 衝突装置によって小惑星に世界初の人工クレーター生成
2019年7月11日 2回目となるタッチダウンを行い、地下物質のサンプルを採取
2019年11月13日 リュウグウを出発
2020年12月5-6日 再突入カプセル分離
再突入カプセルは地球大気圏に再突入し、オーストラリアのウーメラで回収された

近傍探査での成果

「はやぶさ2」はリュウグウに到着した後、搭載した科学観測機器を用いて、小惑星の大きさ、形、重力を精密に調べると同時に、表面物質の調査等を行い、下記のことを明らかにしました。

  • リュウグウがコマを上下に重ねたような形をしており、平均半径は約450mであること
  • バルク密度(小惑星リュウグウ全体平均)1.19+-0.02g/cm3、空隙率50-60% (Watanabe et al., 2019)
    ※帰還試料の初期記載より求めたリュウグウ粒子のバルク密度は1.79+-0.31g/cm3。平均空隙率は26-31%。グレイン密度として2.59 g/cm3(Nakamura et al., 2022)もしくはOrgeuil隕石の2.42-2.50 g/cm3を仮定 (Miyazaki et al., 2023)
  • 表面全域に10mを超える大きな岩塊が多く存在し、リュウグウ表面物質の反射率は4.5%程度しかなく、典型的な炭素質コンドライトよりも暗いこと
  • 表面全域に2.72μmの吸収が見られるが含水鉱物を含む炭素質コンドライトに比べて吸収が弱いこと

「リュウグウ」

  • 平均半径:約450m
  • 密度:1.19±0.02g/cm3
  • 空隙率:50-60%
  • 表面物質の反射率:4.5%程度
  • 表面全域に2.72µmの吸収

また、衝突装置を用いて人工クレータの生成実験を行い。小惑星表面物質の物性に関する情報を取得すると同時に、地下物質を露出させ、表層物質との違いを明らかにしました。人工クレータ生成後には、クレータからの放出物が堆積している、人工クレータ近傍領域からの試料採取にも成功しています。

サンプルキャッチャによる試料回収

「はやぶさ2」は、リュウグウの表面に到達しその表面にタッチダウン後、サンプル採取装置である「サンプラーホーン」を展開しました。サンプラーホーンはリュウグウの表面に接触後、ガスを噴射してリュウグウの表面の物質を巻き込み、それを収集する仕組みになっています。サンプラーホーンによって採取された物質は、探査機内のサンプルキャッチャに保管されます。

第1回タッチダウン(TD1):2019年2月22日 「はやぶさ2」は、小惑星リュウグウの表面で初めてタッチダウンしました。着陸地点は「たまてばこ」です。金属製の弾丸(プロジェクタイル)も発射し、表面物質を跳ね上げ、機体のコンテナに試料を格納することができました。これは世界で初めてのタッチダウンによる試料回収でした。

探査機「はやぶさ2」によるタッチダウンサイト(サンプル採取場所)
画像クレジット:JAXA, 東京大, 高知大, 立教大, 名古屋大, 千葉工大, 明治大, 会津大, 産総研

第2回タッチダウン(TD2):2019年7月11日 第1回のタッチダウンでの情報をもとに、サンプル採取サイトを再選定し、「うちでのこづち」に2回目のタッチダウンを行いました。これに先立ち、4月には金属の塊をリュウグウの表面に打ち込み、人工クレーターを作成。その際、地下にあった物質が舞い上がり、クレーターの周囲に飛び散っていました。2回目のタッチダウンは、この地下物質を回収することが目的でした。「はやぶさ2」のサンプルキャッチャは、小惑星リュウグウから物質を採取し、それを地球に持ち帰るための精密な操作と技術が組み合わさった複雑なシステムです。このミッションは、太陽系の小天体についての貴重な情報を提供し、科学研究に大きな貢献をしました。

2回のタッチダウンによるサンプル回収が成功すると、はやぶさ2は地球への帰還ミッションを開始しました。サンプルキャッチャは、地球に持ち帰るために再突入カプセルに保管され、秒速12kmで地球大気に再突入し、地上で回収されました。

帰還試料による科学成果

回収された試料は、その一部が初期分析と高次(Phase2)キュレーション分析に提供され、詳細な分析が行われました。成果は米科学誌「サイエンス」「ネイチャーアストロノミー」などから発表されています。

初期分析チーム:「はやぶさ2」の科学目的達成のために専門サブチームが分担し,試料の多面的価値を明らかにするチーム
Phase2キュレーション機関:より詳細なカタログ化および粒子の特性に応じた測定・分析を実施

初期分析チームの主な研究結果

化学分析チーム(PI:北海道大学 圦本 尚義)

リュウグウはイヴナ型炭素質隕石でできている

初期分析化学サブチームでは、帰還したリュウグウ試料の化学組成、同位体組成、構成物質の成因、構成物質の年代、隕石との関連性について研究しました。

  • リュウグウの岩石タイプ:リュウグウはイヴナ型炭素質コンドライト隕石と同じである事が分かりました。このイヴナ型炭素質隕石(CI隕石)はガス成分を除くと太陽系全体と等しい化学組成比を持っている隕石で、太陽系の標準物質とされており、世界で9個しか見つかっていない貴重な試料です。
  • リュウグウの組成:主に含水の粘土鉱物(蛇紋石のような)からできており、多量の水(約7%)と炭素(約5%)を含みます。鉱物としては炭酸塩鉱物と硫化鉄,酸化鉄を含み、いずれの鉱物もリュウグウの元となった母天体で起こった水溶液と元々の鉱物との化学反応(水質変成作用)の生成物(二次鉱物)と考えらます。
  • リュウグウの発達史:リュウグウの水質変成が起こった年代は太陽系が誕生してから約500万年たった頃で、その時の温度は約40度と推定できます。その後、母天体の破壊が起こり、飛び散った欠片が集まって小惑星リュウグウが形成され、主な構成鉱物である粘土鉱物から一部の水分が蒸発したと考えられます。小惑星リュウグウが出来てから現在までリュウグウ試料の温度は100度以上にはなっていないと考えられます。
小惑星探査機「はやぶさ2」初期分析 化学分析チーム研究成果の科学誌「Science」論文掲載について
リュウグウ試料の元素存在度。CIコンドライトの分析値で規格化している。1.0より上(下)の点はCIコンドライトより多量(少量)に含まれる元素 (Yokoyama et al.(2022))

掲載誌: Science
タイトル: Samples returned from the asteroid Ryugu are similar to Ivuna-type carbonaceous meteorites
著者: Yokoyama, T. et al.
DOI: 10.1126/science.abn7850
URL: https://www.science.org/doi/10.1126/science.abn7850
論文公開日: 2022年6月9日

石の物質分析チーム(PI:東北大学 中村智樹)

炭素質小惑星リュウグウの形成と進化:リターンサンプルから得た証拠

初期分析岩石サブチームでは、リュウグウ試料17粒子を日米欧の放射光施設5か所、ミュオン施設などを利用し宇宙化学的・物理学的手法による解析を行いました。

  • 液体の水の発見:サンプル中の結晶に閉じ込められた液体の水を発見しました。この水はかつてリュウグウ母天体にあった水であり、塩や有機物を含む炭酸水でした。これにより、リュウグウ母天体はCO2が氷として存在していた原始太陽系外縁部で出来たことが分かりました。
  • リュウグウサンプルには、衝突破壊前の母天体の表層付近の物質と天体内部の物質が混在していることが判明しました。
  • リュウグウ形成進化のシミュレーション:リュウグウサンプルの硬さ、熱の伝わり方、比熱、密度などを実測しました。この実測値を使ってリュウグウ母天体形成後の天体内部の加熱による温度変化、および衝突破壊プロセスの数値シミュレーションを行い、リュウグウの形成進化をコンピュータ上で再現したところ、リュウグウ母天体は太陽系形成から約200万年後に集積し、その後300万年をかけておよそ50℃まで温まり、水と岩石の化学反応が進行したこと、直径100km程度のリュウグウ母天体を破壊した衝突天体の大きさはせいぜい直径10 km程度であること、現在のリュウグウは衝突点から離れた領域の物質からできていることがわかりました。
小惑星探査機「はやぶさ2」初期分析 石の物質分析チーム研究成果の科学誌「Science」論文掲載について
リュウグウサンプル中の6角板状の結晶(硫化鉄)の内部に発見された水とCO2を主成分とする液体。(A、B)硫化鉄結晶中の空孔のCT像。数ミクロンの大きさの空孔(白矢印)が結晶中に存在している、(C)質量分析計で測定した空孔内に含まれていた様々なイオン種(同じ分子種の2枚の写真は、左側が空孔上部、右側が空孔中部に含まれていたイオン種を示す)。結晶の温度を-120℃にして、空孔中の液体を凍らせて分析した。 (D)分析後の空孔中の液体を蒸発させて、空孔内部を観察した結果、結晶を構成する元素(鉄と硫黄)以外は検出されなかった。空孔内には液体以外の固体成分は存在しないことを示す。(東北大学、NASA/JSC、SPring-8)

掲載誌: Science
タイトル: Formation and evolution of carbonaceous asteroid Ryugu: Direct evidence from returned samples
著者: Nakamura, T. et al.
DOI: 10.1126/science.abn7850
URL: https://www.science.org/doi/10.1126/science.abn8671
論文公開日: 2022年9月22日

固体有機物分析チーム(PI:広島大学 薮田ひかる)

小惑星リュウグウ試料中の黒い固体有機物

初期分析不溶性有機物(IOM)サブチームでは、リュウグウ粒子非破壊分析(非処理の微粒子分析)と破壊分析(試料の酸処理で得られた不溶性残渣の分析)を行いました。

  • 黒色の固体有機物(図):リュウグウ試料中の固体有機物は、芳香族炭素、脂肪族炭素、ケトン基、カルボキシル基などが無秩序に結合した高分子構造からなることがわかりました。
  • 固体有機物の化学・同位体組成:始源的な炭素質コンドライト隕石のものに似ていることがわかりました。また、グラファイトのような秩序だった構造は見られなかったことから、リュウグウの有機物は高温で加熱されていないことがわかりました。
  • リュウグウ母天体での化学反応:ナノメートルサイズの球状有機物(ナノグロビュール)や、薄く広がった不定形の有機物が、層状ケイ酸塩や炭酸塩に隣接した、あるいは混じり合った状態で見つかりました。これは、リュウグウ母天体で水、有機物、鉱物との化学反応が起こった証拠です。リュウグウの方が隕石よりも、固体有機物の化学組成と形態の組み合わせに多様性があることが明らかとなり、リュウグウ母天体における液体の水と有機物との反応がさまざまな条件で進行したことと考えられます。
  • 極低温環境で生成した有機物:リュウグウの微粒子試料、不溶性残渣のいずれからも、地球上の有機物には見られない、マイナス200℃以下の低温環境でのみ生じる重水素(D)と窒素15(15N)の正の同位体異常が検出されました。リュウグウに含まれる少なくとも一部の有機物は星間分子雲や原始惑星系円盤外側などの極低温環境で形成されたと考えられます。
  • リュウグウの化学進化史:リュウグウ試料から分離した不溶性残渣の水素同位体組成の分布は、母天体で水との反応を経験した炭素質隕石のものに類似していました。分子雲や円盤で生じた初生の有機物がリュウグウ母天体で変化し、変化した分子から新たな有機物が合成されるといったプロセスを繰り返しながら、有機物の組成が多様に化学進化した歴史が明らかになりました。
小惑星探査機「はやぶさ2」初期分析 固体有機物分析チーム研究成果の科学誌「Science」論文掲載について
リュウグウ試料の酸処理によって分離精製した不溶性炭素質残渣(固体有機物)の画像。(Yabuta et al. (2023))
(a)ミニガラスバイアル中の残渣、(b)他のミニバイアルに移された炭素質残渣の一部を上から撮影した画像

掲載誌: Science
タイトル: Macromolecular organic matter in samples of the asteroid (162173) Ryugu from returned samples
著者: Yabuta, H. et al.
DOI: 10.1126/science.abn9057
URL: https://doi.org/10.1126/science.abn9057
論文公開日: 2023年2月24日

揮発性成分分析チーム(PI:九州大学 岡崎隆司)

小惑星リュウグウサンプルの希ガスおよび窒素同位体組成―リュウグウ揮発性物質の起源と表層物質進化―

初期分析ガスサブチームでは、リュウグウ粒子の赤外分光・電子顕微鏡観察、希ガス同位体組成、窒素同位体組成を測定しました。これらに基づいて、リュウグウ母天体の材料物質の起源、およびリュウグウ形成後の表層物質進化について研究しました。

  • 始原的な希ガスと窒素同位体比:希ガス同位体分析の結果、太陽系形成時に材料物質が宇宙空間で取り込んだ始原的な希ガスがこれまで報告されているどの隕石よりも多くみつかりました。窒素同位体組成は試料ごとに異なっており、窒素を保持している多様な物質が今もリュウグウ試料には保存されていることがわかりました。太陽系形成時の希ガス以外にも、銀河宇宙線によって生成された希ガスと太陽風起源の2種類の希ガスも含まれていました。最表層物質である第1回タッチダウン回収試料には、長期間の太陽風照射の痕跡が発見され、第2回タッチダウンで回収した非表層物質試料との違いが希ガス同位体によって明確になりました。
  • 銀河宇宙線から推定するリュウグウの活動史:銀河宇宙線起源のネオン量から、銀河宇宙線の照射期間の平均値は約500万年であることがわかりました。これは近地球軌道で形成されたと考えられるリュウグウ表層のクレーターの形成年代と一致し、リュウグウが約500万年前に近地球軌道に移動し、表層物質はその後大きな変化は受けていないことを意味します。また、希ガス分析の結果からはリュウグウが太陽に近づいたのは100万年以上前であったと推定され、可視分光観測によって報告されているリュウグウ中緯度域に赤く見える物質は太陽近傍での加熱により赤化したと考えることができます。
小惑星探査機「はやぶさ2」初期分析 揮発性成分分析チーム研究成果の科学誌「Science」論文掲載について
リュウグウ試料の窒素同位体組成(縦軸、地球大気との差を千分率で示したもの)と窒素存在度(重量比)の逆数(横軸)。リュウグウ(オレンジ色丸、緑色逆三角形、赤丸)は試料ごとに窒素組成が異なる。CIコンドライト(灰色および青色四角)、CMコンドライト(紫三角および紫色で囲った領域)も参考のために示している。もしも、地球大気の混入が起きた場合は水色矢印で示した方向に分析データが移動するが、その影響は見えない。(Okazaki et al. (2022a))

掲載誌: Science
タイトル: Noble gases and nitrogen in samples of asteroid Ryugu record its volatile sources and recent surface evolution
著者: Okazaki, R. et al.
DOI: 10.1126/science.abo0431
URL: https://doi.org/10.1126/science.abo0431
論文公開日: 2022年10月22日

「はやぶさ2」ミッションによる世界初の小惑星からのガスサンプル:リュウグウからのたまて箱

初期分析ガスサブチームでは、小惑星探査機「はやぶさ2」が地球に持ち帰ったサンプルコンテナ内のガス成分の質量分析およびガス採取を行いました。

  • コンテナ内のガスのヘリウムの同位体比が地球大気と比べて、質量数3のヘリウム(3He)が100倍多いことが判明しました。ネオンの同位体組成も地球大気とは異なっていました。
  • 一方で、コンテナ内のヘリウム、ネオン、アルゴンの元素存在度とヘリウム同位体比を検討した結果、コンテナ内のガスは太陽風と地球帰還後にコンテナ内に混入した地球大気の混合で説明できることがわかりました。コンテナ内のヘリウム量から計算したところ、リュウグウ試料の表面が剥離した際に遊離した太陽風がコンテナガスとして含まれている可能性が最も高いことがわかりました。
  • 近地球軌道小惑星からガス成分を気体のまま地球に持ち帰ったのは、「はやぶさ2」ミッションが世界で初めてです。
小惑星探査機「はやぶさ2」初期分析 揮発性成分分析チーム研究成果の科学誌「Science Advances」論文掲載について
はやぶさ2コンテナガスのヘリウムおよびネオン同位体組成(緑色)。 地球大気(Earth’ atmosphere)と太陽風(Solar wind)の混合で説明できる。実線は端成分の混合線を表す。木星大気(Jupiter’s atmosphere)、始原的希ガス(P1)、先太陽系起源希ガス(P3, HL)、および銀河宇宙線生成希ガス(GCR-produced)も比較のために示している。(Okazaki et al.(2023b))

掲載誌: Science Advances
タイトル: First asteroid gas sample delivered by the Hayabusa2 mission: A treasure box from Ryugu
著者: Okazaki, R. et al
DOI: 10.1126/sciadv.abo7239
URL: https://doi.org/10.1126/sciadv.abo7239
論文公開日: 2022年10月22日

可溶性有機物分析チーム(PI:九州大学 奈良岡浩)

炭素質小惑星リュウグウの試料中の可溶性有機分子

初期分析可溶性有機物(SOM)サブチームでは、第1回タッチダウンサンプリングで得られた集合体粉末試料を種々の溶媒で抽出した溶液を高分解能質量分析やクロマトグラフィー法を用いて、日本、アメリカ、ドイツの大学・研究機関で解析しました。

  • リュウグウの平均組成:C, H, N, Sおよび 熱分解性Oの合計の存在量は約20wt%で、各々の安定同位体組成は イヴナタイプの炭素質隕石(CI)に類似していました。
  • リュウグウに含まれる有機物:メタノールに溶解するC, H, N, O, Sで表される2万種の化合物中で、CHOS, CHNO, CHNOSなどが比較的多く、メチルアミン、エチルアミン、酢酸などの低分子を同定しました。揮発性の高いこれらの分子が小惑星表面に検出されたことは、これらが分子塩として存在することを示します。また、地球生命が用いるタンパク質構成アミノ酸(アラニンなど)のほか、非タンパク質構成アミノ酸(イソバリンなど)が見つかりました。炭化水素としてはアルキルベンゼンや多環芳香族炭化水素であるナフタレン、フェナントレン、ピレン、フルオランテンなどが主に存在しました。これらの存在パターンは地球上の熱水原油のパターンと似ており、リュウグウ母天体上で水の影響を受けていたことが示唆されます。
  • リュウグウからの有機物の移動:リュウグウ母天体上で、流体と鉱物との相互作用の中で有機化合物が分離した可能性があり、また小惑星表面からはいろいろな過程で物質が宇宙空間に放出されることが観察されており、リュウグウ表面の有機分子が他の天体に運ばれる可能性があると考えられます。
小惑星探査機「はやぶさ2」初期分析 可溶性有機物分析チーム研究成果の科学誌「Science」論文掲載について
小惑星リュウグウの表面試料から見つかった有機分子の概念図 (JAXA, University of Tokyo, Kochi University, Rikkyo University, Nagoya University, Chiba Institute of Technology, Meiji University, University of Aizu, AIST, NASA, Dan Gallagher.)

掲載誌: Science
タイトル: Soluble organic molecules in samples of the carbonaceous asteroid (162173) Ryugu
著者: Naraoka, H. et al.
DOI: 10.1126/science.abn9033
URL: https://doi.org/10.1126/science.abn9033
論文公開日: 2023年2月24日

炭素質小惑星162172リュウグウ中のウラシル

初期分析可溶性有機物(SOM)サブチームでは、リュウグウ第1回及び2回目タッチダウンサンプリングで得られた集合体粉末試料を熱水で抽出した溶液を高速液体クロマトグラフィー/電子スプレー式高分解能質量分析法を用いて解析しました。
その結果、すべての地球生命のRNAに含まれる核酸塩基の一つであるウラシルと、生命の代謝に不可欠な補酵素の一つであるビタミンB3(ナイアシン)を検出することに成功しました。これらの検出は、有機分子の化学進化の実像を示しており、生命誕生前の原始地球上でどのように最初の生命が誕生したのか、という科学における究極の謎について、炭素質隕石(=小惑星の破片)などの地球外物質によって供給された成分がその材料となったという説を強く支持します。

Uracil in the carbonaceous asteroid (162173) Ryugu
リュウグウ試料中から検出されたウラシルとその構造異性体。ウラシルは地球上全てのRNAを構成する4つの核酸塩基の内の一つである。(Oba et al.(2023))

掲載誌: Nature Communications
タイトル: Uracil in the carbonaceous asteroid (162173) Ryugu
著者: Oba, Y. et al.
DOI: 10.1038/s41467-023-36904-3
URL: https://doi.org/10.1038/s41467-023-36904-3
論文公開日: 2023年2月15日

砂の物質分析チーム(PI:京都大学/九州大学 野口高明)

日焼けで隠された水に富む小惑星リュウグウの素顔

小惑星探査機「はやぶさ2」が回収した小惑星リュウグウの1mm以下の多数の試料について、どのくらいの割合のものが小惑星の上にいたときの表面を保持しているか調べました。大部分は、試料回収時の衝撃等で破壊された石の破片でしたが、約6%は小惑星上にいたときの表面を維持していました。

  • 2種類の表面組織:表面観察をしたところ、「比較的滑らかな表面で、0.1マイクロメートルくらいの小さな穴がポツポツとできているような組織」と「石や砂の表面が溶融し激しく泡立った(発泡した)ように見える組織」の2種類の表面組織に大きく分けることができました。また隕石などを用いた再現実験により、その成因も明らかにしました。
    比較的滑らかな表面で、0.1マイクロメートルくらいの小さな穴がポツポツとできているような組織:太陽風の照射によってできる宇宙風化の組織
    石や砂の表面が溶融し激しく泡立った(発泡した)ように見える組織:リュウグウに含まれる含水層状珪酸塩鉱物(粘土の仲間)が強く加熱されて水蒸気を放出して分解し、加熱溶融宇宙風化を受けた組織。

  • 異なる日焼け:C型小惑星リュウグウではマイクロメテオロイドの衝突と加熱による宇宙風化の影響がS型小惑星イトカワよりも顕著なだけでなく、この宇宙風化によってC型小惑星表面で脱水が起きるということを明らかにしました。これは、大気のない天体はそれらの個性の違いに応じて違った日焼けをするということを意味します。

  • 小惑星の宇宙風化:C型小惑星は、小惑星が最も集中的に存在する、火星と木星の間にあるメインベルトでもっとも多い小惑星です。それらの多くは、地上からの観測で水分子あるいはヒドロキシ基(OH)が観測されていますが、4割ほどではそれらが観測されていません。それらが観測されない原因について、C型小惑星の宇宙風化を考慮する必要があることがわかりました。
小惑星探査機「はやぶさ2」初期分析 砂の物質分析チーム研究成果の科学誌「Nature Astronomy」論文掲載について
小惑星リュウグウの宇宙風化組織 点線より右側は太陽風照射による宇宙風化(Smooth layer)を受けた部分、点線より左側は、メテオロイド衝突による宇宙風化(Frothy layer)を受けた部分です。 Frothy layerは表面数ミクロンが融けて泡立っています。Frothy layerには、後に近くから飛来し付着した岩石の溶融物が薄く張り付いています(Melt splash)。このように、リュウグウの複雑な歴史が読み取れます。走査電子顕微鏡で撮影した反射電子像です。(Noguchi et al.(2022))

掲載誌: Nature Astronomy
タイトル: A dehydrated space weathered skin cloaking the hydrated interior of Ryugu
著者: Noguchi, T. et al.
DOI: 10.1038/s41550-022-01841-6
URL: https://doi.org/10.1038/s41550-022-01841-6
論文公開日: 2022年12月19日

Phase2キュレーション機関の主な研究結果

Phase2JAMSTEC高知コア研究所チーム(PI:JAMSTEC 伊藤元雄)

小惑星リュウグウ:太陽系外縁部からの来訪者-多機関連携分析が読み解いた小惑星の記録-

  • 分析した試料の鉱物組み合わせより、リュウグウ粒子は形成後に大規模な水質変成を受けたことがわかりました。
  • 微細な鉱物と有機物を含む領域の水素と窒素同位体組成の関係より、リュウグウ粒子の構成物質が太陽系外縁部で形成されたと考えられます。
  • 粗粒の含水ケイ酸塩鉱物中に、脂肪族炭素に富む有機物が濃集しているのを見つけました。この特徴は、これまでの隕石の研究からは確認されておらず、リュウグウ天体に特有のものと推察されます。
  • これらの結果から、始原的天体中の粗粒含水ケイ酸塩鉱物が有機物や水のゆりかごとなり、そのままの状態で地球に運ばれた可能性が考えられます。
小惑星探査機「はやぶさ2」Phase-2キュレーション研究成果のオンラインジャーナル「Nature Astronomy」論文掲載について
(左上)配布された最大のリュウグウ粒子A0002、(左下)SPring-8で取得した放射光X線CT像、(中)リュウグウ粒子中の水が関与してできた鉱物群:赤:含水ケイ酸塩鉱物、緑:炭酸塩鉱物、青:酸化鉄、黄:硫化鉱物、(右)中図の白四角領域を電子顕微鏡で拡大した図(Ito et al. (2023)

掲載誌: Nature Astronomy
タイトル: A pristine record of outer Solar System materials from asteroid Ryugu's returned sample
著者: Ito, M. et al.
DOI: 10.1038/s41550-022-01745-5
URL: https://doi.org/10.1038/s41550-022-01745-5
論文公開日: 2022年8月15日

Phase2岡山大学惑星物質研究所チーム(PI:岡山大学 中村栄三)

小惑星リュウグウの起源と進化- 地球化学総合解析による太陽系物質進化の描像

リュウグウ試料16粒子を用いて、詳細な地球化学総合解析を行いました。その結果、小惑星物質試料が太陽系形成前から現在に至る複雑な物理化学過程の証拠を保持していることがわかり、生命の起源を含む太陽系物質進化の新しい描像を導くに至りました。

  • 試料は主に含水層状ケイ酸塩鉱物から構成され、空隙率は約50%であることがわかりました。
  • 小惑星リュウグウの化学組成はCIコンドライトと類似していることがわかりました。またリュウグウ最表面からだけでなく、人工クレーター形成に伴って噴出した内部物質を採取出来ていたことが確認できました。
  • 採取に用いたタンタル製弾丸による汚染が一部試料において確認されましたが、人工クレーターを作成するために用いた銅製衝突体(SCI:搭載型小型衝突装置)に起因する汚染は認められませんでした。
  • 水素、炭素および窒素同位体異常を示す星間雲を起源とするミクロンサイズの有機物質と、生命の起源に結びつくアミノ酸やその他の有機物が検出されました。
  • 原始太陽系を構成した星間物質や太陽系前駆物質を含む始原的な特徴が保持されていました。また、小惑星リュウグウの前駆天体は、太陽系外縁部において有機物およびケイ酸塩を含む氷に富むダストが集積した氷天体であることがわかりました(氷前駆天体)。氷前駆天体の大きさは数十キロメートルであり、太陽系形成後約260万年までの期間に水質変質を被ったのち破砕され、大きさ数キロメートル程度の彗星核が形成されたと考えられます。その後これは地球近傍軌道に移動したのち彗星核から氷が昇華し、天体サイズの縮小および固体―ガスジェットに伴う物質の再堆積によって、空隙の多い低密度物質が形成されたと考えられます。
  • 有機物は試料に普遍的に存在し、これらは宇宙線および太陽風の照射による宇宙風化を被り、小惑星表面のアルベド特性を決定していると考えられます。
小惑星探査機「はやぶさ2」Phase-2キュレーション成果論文の日本学士院紀要掲載について
小惑星リュウグウの起源と進化。星間物質や太陽系前駆物質などを起源として、太陽系外縁部で誕生した氷微惑星は、その内部の広範な水質変質の後に破砕され、彗星様小惑星として地球近傍軌道に至り、氷の昇華を伴いながら、瓦礫集積体様の小惑星へと進化した(Nakamura et al. (2022)

掲載誌: Proceedings of Japan Academy Series B
タイトル: On the origin and evolution of the asteroid Ryugu: A comprehensive geochemical perspective
著者: Nakamura, E. et al.
DOI: 10.2183/pjab.98.015
URL: https://doi.org/ 10.2183/pjab.98.015
論文公開日: 2022年6月10日

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